【殿堂入り】「友だちをやめた話」を集めてみた結果・・・こんなやつホントにいるのかよ・・・。

みなさんは「友だちをやめよう」と考えたことがありますか?

今回は、みんなの「友だちをやめた話」を集めてみました。
「こんな人、本当にいるの?」と驚いてしまう人ばかりです。

それではご覧ください。

障碍があるA子を分かってくれる人が現れて良かったって心から思ってた。でも今はA子旦那には嫌悪感しかない。

知り合って6年か7年ぐらいになるA子と言う女性がいるんだが
彼女にはある障碍があって車の運転が出来ず、いつも私の方からA子宅に遊びに行っていた。
そのA子が自営業の旦那さんと結婚してからは、事務所に遊びに行ったり
そこで合流して何処かに行くのでA子旦那とはそこで顔を合わす。

自営業が色々大変なんだろうなと言う事は分かる。と言っても想像でしかないけど。
A子が結婚した頃は割と軌道に乗ってたらしいが、ここ数年は話を聞く限りちょっと大変っぽい。
一度冗談っぽくA子旦那に「いざとなったら私さんに援助してもらわないと」って言われたことがあって
その時は冗談だと思って「宝くじが当たったらねw」と軽口で返したら
「またまた~貯め込んでんでしょw」って返されて、冗談と思ってても少し嫌な感じがした。
A子は「そういう失礼なこと言っちゃ駄目よ」って注意してくれたけどモヤモヤ。

昨年義父が亡くなり、一人っ子の夫が相続してからは
「たっぷり入ったんでしょ?悠々自適だねw」とか言われたこともある。
とにかくお金の話ばっかりなんだ。この旦那さん。
義父は普通のサラリーマンだったし、そんなに遺せるわけもない。
義母との関係は悪くないから、同居の為に義実家を建て直し中で
その費用でチャラって感じなんだけど、そんなの説明するようなことでもないし、したくもない。
うちは夫も普通のサラリーマンで、子供ふたりをどうやって大学までいかせるか
日々頭を悩ませるような、ごくごく一般的な家庭なんだよね。
だからそういう事ばかり言われるのは、ただただ不愉快。

それで暫く距離を取った。A子旦那に会いたくないから。
そしたら何となく察知したらしいA子から「うちの旦那、無神経な所はあるけど悪い人じゃないんだ。
私が代わりに謝る。ごめんね。だから又会いに来てよ」ってお願いメールがきた。
こんな言い方失礼だけど、きっとA子には負い目があるんだろうと思う。
障碍を承知の上で結婚してくれたって言う。(お見合いだった)
私も最初はA子を分かってくれる人が現れて良かったって心から思ってた。
でも今は無理。A子旦那には嫌悪感しかない。
かと言って、A子が自分でうちに来る事はできないだろうし
A子にとっては私と言う友人より、この先一緒に生きていく旦那さんの方が大事なのも分かる。
「申し訳ないけど、旦那さんとはどうやっても合わない。
ずっと我慢してきたけどもう限界。限界になるまで我慢したことを分かってほしい」
それをA子に返信するのは私だって苦しかった。
以来、なんの返信もない。
きっとA子を傷つけたんだろうなと思う。でも正直な気持ち。
これも縁の賞味期限ってやつなのかな。

A子のSNSに「私が落ちたのは 私子のせい。 あいつが私より先に受かったせい。私子は先生になる気なかったくせに」と書かれていた。

大学の時は同じ音楽を勉強する者として励みあった友人A。彼女は両親、兄1兄2姉1姉2全員教師。なんなら、祖父母、叔父叔母従兄弟も教師という先生家庭。もちろん彼女も教師を目指していた。
一方私は、教師の資格とれるラッキー!教師も将来の選択の1つにしよう!ってノリ。だが、教員免許を取るために必タヒになって勉強をしたし、音楽の方も疎かにしたくないのでそっちの方も必タヒに練習した。

A子はいつかは管理職にもなりたい。なる為には院に行くべきと、国立の音楽の教育科のある院へ猛勉強してストレートに院へ進んだ。私は教育実習でトラウマになる出来事があり教師の道はやめ、もともと興味のあった語学の勉強の為留学。
留学先で障がいを持つ子供達の音楽演奏に心を打たれ、教育実習で行った中学の教頭が、支援学級の生徒を見てほしいと懇願され帰国(もともと短い留学だった)し、トラウマに負けてられないと思い支援学級で非常勤講師を始めた。
その時、A子には非常勤講師始めたよ!とメールで伝えたが、忙しいのか返事はなかった。

非常勤講師を1年半ほど続けている間に支援学校の音楽について勉強し、特別支援の資格についても調べているうちに教員採用試験の時期が来た。必タヒな勉強と、周りの先生の手助けもあり見事合格した。
A子には合格したことを伝えたら「おめでとう!今度お祝いしないとね!」と返事が来た。そして春に万年筆と手紙が送られてきた。手紙はなぜか白紙だった。
教師1年目、支援学校勤務にたまたまできることになり、また支援学級との違いに衝撃を受けながらも必タヒに頑張っていた。やめたくなる日もあったが周りに恵まれて励まされながら1年が過ぎた。

共通の知り合いからA子は試験に落ちたと聞いた。
A子を励ましたかったが何を言っていいかわからず悶々としていると、A子のSNSに
私が落ちたのは 私子のせい。
あいつが私より先に受かったせい
私子は先生になる気なかったくせに
×××(支援学校に通う子供のことを表す単語)が楽しいとかおかしい。
音楽を教えたくなかったのか、頭おかしい、あいつに先生になる資格なんてない

と書かれていた。私のことだろうと読んですぐに気づいた。
私のことを悪く言われたことより生徒のことを悪く言われたことに悲しくて泣いた。
A子の連絡先は全て消して、着信拒否にした。あれから5年。A子は未だに採用試験には落ちているらしい。講師の仕事を受けては自分の教育に合わないという理由でやめることを続け今は声がかからないとも聞いた。
万年筆が片付けていると出てきたので思い出しカキコ

 
k1990

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